遺言書には、財産の分け方だけでなく、次のような言葉が書かれることがあります。

妻には、私が亡くなった後も自宅で安心して暮らしてほしい。 子どもたちには、相続のことで争わず、仲良くしてほしい。 長女に多くの財産を渡す理由を、ほかの子どもたちにも理解してほしい。

このように、遺言者の気持ち、財産配分の理由、家族への感謝やお願いを記載する部分を、付言事項(ふげんじこう)と呼びます。

付言事項には、原則として相続人を直接拘束する法的効力はありません。

しかし、だからといって書いても意味がないわけではなく、また「効力がないから何を書いても害はない」わけでもありません。

書き方を誤ると、遺言書そのものの効力が争われることさえあります。

この記事では、付言事項を書くときに押さえるべき3つの鉄則と、当事務所で公正証書遺言を作成する流れをご説明します。


付言事項と遺言事項の違い

遺言書に書けば、どのような内容でも法的効力が生じるわけではありません。

法律が遺言による効力を認めている事項には、相続分の指定、遺産分割方法の指定、遺贈、遺言執行者の指定などがあります。これらを遺言事項(法定遺言事項)と呼びます。

これに対し、家族への感謝、葬儀についての希望、財産配分の理由などは、通常、付言事項に当たります。付言事項は自由に書くことができますが、原則として、その内容を相続人に強制することはできません。

記載例基本的な性質
自宅を妻に相続させる法的効力を持つ遺言事項
妻に配偶者居住権を遺贈する法的効力を持つ遺言事項
弁護士を遺言執行者に指定する法的効力を持つ遺言事項
妻には安心して自宅に住み続けてほしい原則として付言事項
子どもたちは遺留分を請求しないでほしい法的拘束力のないお願い
葬儀は家族だけで静かに行ってほしい原則として付言事項

ただし、「付言事項」という見出しの下に書かれているからといって、その部分が常に法的に無意味になるとは限りません。最終的には、見出しではなく、その文言がどのような意思を表しているかによって判断されます。


鉄則1|想いだけでは、権利は守れない

付言事項について最初に確認すべきなのは、「お願い」と「法的な処分」は別物であるという点です。

「遺留分を請求しないでほしい」は効きません

もっとも多い記載のひとつです。気持ちとしては当然のお願いですが、遺留分侵害額請求権は法律上認められた権利であり、付言事項でこれを失わせることはできません。相続人が請求すれば、そのとおり効力が生じます。

(遺留分を生前に放棄させるには、その相続人本人が家庭裁判所に申立てをして許可を得る必要があります。遺言者が一方的に封じることはできません。)

「妻を住ませてください」でも、居住権は発生しません

長男は、私が亡くなった後も、妻を自宅に住ませてください。

この記載だけでは、妻に自宅の所有権が移ることはなく、妻のために終身の居住権が設定されるわけでもありません。長男が遺言者の希望を尊重すれば妻はそのまま住み続けられますが、長男が売却や明渡しを求めた場合、妻が付言事項だけを根拠に終身の居住を主張することは困難です。

そして、ここが最大の落とし穴です

では本文に書けば安心かというと、書き方ひとつで実現できなくなります。

❌ 遺言者は、下記建物の配偶者居住権を妻○○に相続させる ⭕ 遺言者は、下記建物の配偶者居住権を妻○○に遺贈する

配偶者居住権は、遺産分割・遺贈・家庭裁判所の審判のいずれかによってのみ取得される権利です。そのため、よく使われる「相続させる」という書き方では、遺贈の趣旨と解すべき特段の事情がない限り、登記実務上、配偶者居住権の設定登記が認められない可能性が残ります。

「遺贈」という言葉は、相続人以外の人に財産を渡す場合だけに使うものではありません。相続人である妻を受遺者とすることもできます。配偶者居住権については、民法1028条1項2号が遺言による取得方法を「遺贈」と定めているため、妻が相続人であっても「配偶者居住権を遺贈する」と記載します。

「妻のために書いたはずの条項が、権利として実現できない」という事態は、決して珍しいものではありません。対象建物の所在・家屋番号・種類・床面積などの特定も欠かせません。

なお、相続開始時に被相続人所有の建物を無償で使用していた法律上の配偶者には、一定の要件のもとで配偶者短期居住権が認められます。

ただし、これは相続直後の居住を一時的に保護する制度であり、終身の住まいを確保するものではありません。

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実現させたい内容は、本文に移す

次のような内容は、お願いではなく、法的効果を持つ条項として設計する必要があります。

  • 妻に自宅の所有権を相続させる
  • 妻に配偶者居住権を遺贈する
  • 介護をしてくれた長男の妻に一定額を遺贈する
  • ペットの世話を条件とする負担付遺贈を検討する
  • 遺言執行者を指定する

これらを本文に定めたうえで、なぜそのような配分にしたのかを付言事項で説明する——この順序が適切です。

鉄則1:法的に実現したいことは、すべて本文に、正しい文言で書く。


鉄則2|本文と矛盾させない

「どうせ法的効力がないなら、条件も希望も書いておこう」——これが危険です。

裁判所は、遺言の解釈について、個々の文言だけを形式的に読むのではなく、遺言書全体の記載、作成当時の事情、遺言者の置かれていた状況などを考慮して、遺言者の真意を探究すべきであるという考え方を示しています。

つまり付言事項は、本文の意味が争われたときに必ず読まれます。これは良い方向にも悪い方向にも働きます。

本文がやや曖昧でも付言に趣旨が明確であれば意図が正しく汲まれますが、逆に、付言の内容が本文と食い違っていると、遺言者は何を望んでいたのかという疑義が生じます。

例外的な裁判例として、さいたま地裁熊谷支部平成27年3月23日判決があります。

この事案では、相続財産のほぼ全部を取得する受遺者に対し、遺言者の子らの生活費や医療費などを負担してほしい旨が付言事項に記載されていました。

裁判所は、付言事項だけでなく、遺言作成前の遺言骨子や遺言者の置かれていた状況なども踏まえ、遺言者が、受遺者には子らの生活費等を支払う法的義務があると誤信していたと認定し、改正前民法の下で遺言を錯誤無効と判断しました。

付言事項が書かれているだけで遺言が無効になるわけではありません。しかし、遺言者が付言事項に法的拘束力があると誤解し、それを前提に財産配分を決めていた場合には、遺言の効力をめぐる争いに発展することがあります。

本文と付言事項が矛盾する例

遺言本文付言事項問題点
自宅を長男に相続させる妻が自由に売却してよい誰が処分権を持つのか分からない
預金を長男と次男に2分の1ずつ相続させる長男がすべて管理し、必要に応じて次男へ渡してほしい法的な取得関係と管理の希望が食い違う
全財産を妻に相続させる妻の死亡後は必ず長男がすべて取得してほしい妻の死亡後の承継まで通常の遺言では拘束できない
自宅を長女に相続させる長女が母の面倒を見なければ取得を認めない条件なのか単なるお願いなのか不明確

とくに最後の例のような条件めいた記載は、単なる希望なのか法的な条件付き処分なのか判別できず、本文の効力範囲をめぐる紛争を招きます。

鉄則2:法的な処分は本文で完結させ、付言に条件的・処分的な表現を持ち込まない。


鉄則3|付言事項には条件を書かず、理由と感謝を丁寧に書く

鉄則2で「書きすぎは危険」とお伝えしましたが、制限すべきなのは「条件」と「処分」であって、理由と感謝は、事実に即して、必要な範囲で丁寧に書く。ここを混同しないでください。

相続をめぐる争いは、財産額や法定相続分だけで起きるものではありません。

「自分だけ大切にされていなかったのではないか」 「介護をしていない兄弟が、なぜ同じだけ受け取るのか」 「親の本当の意思ではなく、同居していた相続人が書かせたのではないか」

こうした不信感や感情の対立が、遺産分割や遺留分の争いにつながります。付言事項で財産配分の理由を丁寧に説明すれば、相続人が遺言の内容を受け入れやすくなり、円満に分割が進むケースは少なくありません。

ただし、書き方を誤ると逆効果になります。

避けたい例と修正例

例1|特定の相続人に多く残す場合

❌ 次男は何もしてくれなかったので、長女にすべての財産を渡します。

⭕ 長女には、私の通院、買い物及び日常生活を長年にわたって支えてもらいました。その負担と献身に対する感謝として、長女に多くの財産を相続させることにしました。次男にも、私がこのような判断をした理由を理解してもらいたいと願っています。

前者は次男を納得させるどころか、反発を強めます。さらに次男が「事実と違う」「長男が父に書かせたのではないか」と考えれば、遺言能力や不当な働きかけを理由に、遺言の有効性そのものを争うきっかけにもなり得ます。

例2|遺留分を請求してほしくない場合

❌ 遺留分を請求した者とは、死後も親子とは認めません。

⭕ 妻が今後も自宅で生活し、老後の生活費を確保できるようにするため、妻に多くの財産を相続させることにしました。子どもたちの取得分が少なくなることは承知していますが、この遺言を作成した理由を理解し、できる限り妻の生活を見守ってもらいたいと願っています。

修正しても遺留分侵害額請求権を制限する効力は生じません。しかし、権利行使を非難するのではなく配分の理由を説明することで、理解を得られる可能性は大きく変わります。

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例3|妻の居住を守りたい場合

❌ 長男は、妻を絶対に自宅から追い出してはならない。

この場合、まず本文で妻への自宅所有権の承継、または配偶者居住権の遺贈を定めます。そのうえで付言事項には次のように記載します。

⭕ 妻が住み慣れた自宅で安心して暮らせることを第一に考え、このような遺言にしました。長男には、母の生活を尊重し、必要な場面では支えてもらいたいと願っています。

書くときの順序

  1. 家族への感謝
  2. 財産配分を決めた理由
  3. 取得分が少なくなる相続人への説明
  4. 家族に対する穏やかなお願い

「命令する」「責める」「権利行使を非難する」書き方ではなく、遺言者自身の判断と願いを伝える文章にします。長くなりすぎる場合は、遺言書には要点だけを記載し、詳しい思いは別の手紙に残す方法もあります。

鉄則3:条件は書かない。理由と感謝は、惜しまず書く。


【実例】妻の居住を守りたい場合の書き分け

次のようなご希望は、実務でも非常に多いものです。

  • 自宅の所有権は長男に承継させたい
  • 妻には、亡くなるまで自宅で生活してほしい
  • 妻には預貯金もできるだけ残したい

この場合、本文と付言事項を次のように分けます。

遺言本文(法的効力を持つ部分)

第1条 遺言者は、別紙物件目録記載の土地及び建物を、遺言者の長男○○に相続させる。

第2条 遺言者は、前条記載の建物についての配偶者居住権を、遺言者の妻○○に遺贈する。

第3条 前条の配偶者居住権の存続期間は、妻○○の終身の間とする。

第4条 長男○○は、妻○○に対し、第2条の配偶者居住権の設定登記手続をしなければならない。

第5条 遺言者は、この遺言の遺言執行者として、弁護士○○を指定する。

付言事項(想いを伝える部分)

私が自宅の所有権を長男に相続させる一方で、妻に配偶者居住権を遺贈したのは、妻が住み慣れた自宅で安心して生活できるようにするとともに、将来の建物の管理を長男に託したいと考えたためです。長男には、母が安心して生活できるよう配慮し、家族で協力してもらいたいと願っています。

**妻の居住を守る条項は本文に、その理由と長男への思いは付言事項に。**この書き分けが基本です。

なお、配偶者居住権が最適かどうかは、自宅の名義、共有関係、配偶者が実際に居住しているか、預貯金の額、二次相続、建物の管理負担などによって異なります。妻に所有権そのものを相続させる方が適切な場合もあり、比較検討が必要です。

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よくあるご質問

Q. 付言事項は必ず書かなければなりませんか

必須ではありません。財産配分が単純で、相続人に説明する必要が特にない場合、無理に書く必要はありません。

一方、法定相続分と大きく異なる配分をする場合、特定の相続人に不動産を集中させる場合、相続人以外の人に遺贈する場合などは、理由を簡潔に記載することが紛争予防につながります。

Q. 「遺留分を請求しないでほしい」と書けますか

お願いとして書くことはできますが、それによって遺留分侵害額請求権が失われることはありません。

遺留分を侵害する可能性がある遺言を作成するときは、付言事項だけで対応するのではなく、遺留分侵害額の試算、支払原資の確保、生命保険の活用、財産配分の調整などをあわせて検討する必要があります。

Q. 葬儀や納骨の方法を書けば、家族は従わなければなりませんか

原則として法的な強制力はありません。ただし本人の希望が明確になるため、家族が判断する際の指針になります。「必ずこの方法で行うこと」と命令するよりも、「可能であれば家族葬を希望します」と希望の形で記載する方が、家族の負担になりません。

Q. 付言事項に居住について書かれた遺言を見つけました。どうすればよいですか

付言事項だけを切り離して判断せず、次の点を確認してください。

  • 自宅の所有権を誰に承継させると書かれているか
  • 配偶者居住権、負担付遺贈などの記載がないか
  • 居住期間が定められているか
  • 遺言執行者が指定されているか
  • 本文と付言事項が矛盾していないか
  • 遺言作成当時、誰が自宅に居住していたか

「住ませてほしい」という言葉が単なるお願いなのか、具体的な権利を与える趣旨なのかは、遺言書全体を確認して判断する必要があります。判断に迷われた段階で、一度ご相談ください。

Q. すでに作成した遺言書を確認してもらえますか

はい、承っております。とくに、配偶者居住権について「相続させる」と書かれている場合や、付言事項に条件めいた記載がある場合は、ご本人がお元気なうちに作り直すことで確実に対応できます。相続開始後では、解釈をめぐる交渉や訴訟になってしまいます。


当事務所で公正証書遺言を作成する流れ

付言事項には、遺言者のこれまでの人生と家族への思いが表れます。しかし、ご相談者が「家族へのお願い」と考えていた内容の中に、実際には本文で法的に定めなければ実現できない事項が含まれていることが少なくありません。

当事務所では、お話を伺いながら、①法的効力を持たせる内容 ②財産配分を決めた理由 ③家族に伝える言葉 ④遺言執行に必要な事項を分けて整理し、公正証書遺言の文案を作成します。

ステップ1|初回相談でご希望を伺います

最初から遺言書の文章を用意しておく必要はありません。ご家族と推定相続人の関係、財産の概要、誰に何を残したいか、特に生活を守りたい方がいるか、争いになる可能性、家族に伝えておきたいこと——こうした点を伺い、具体的な遺言条項に整理していきます。

ステップ2|相続人と財産を確認します

戸籍、本人確認資料、不動産の登記事項証明書、固定資産評価証明書、預貯金通帳などをもとに、相続人と財産を確定します。相続人の見落としや不動産の表示の誤りは、遺言が実現できなくなる原因になります。

ステップ3|遺留分・居住・二次相続を検討します

「誰に何を渡すか」だけでなく、遺言が実行された後の状態まで検討します。

  • 遺留分侵害額請求を受ける可能性
  • 不動産を取得した相続人が代償金を支払えるか
  • 配偶者の住居と生活資金を確保できるか
  • 財産を取得する予定の方が先に亡くなった場合
  • 配偶者が亡くなった後の二次相続
  • 不動産登記や預貯金解約を円滑に進められるか

ステップ4|遺言本文と付言事項の文案を作成します

まず法的効力を持つ本文を作成し、その後に、矛盾しないよう付言事項を作成します。定型文をお渡しするのではなく、ご家族に伝えたい言葉を伺いながら、感謝が伝わるか、配分の理由が分かるか、不必要に誰かを責めていないか、命令とお願いが混在していないかを確認します。

ステップ5|公証役場との事前調整を代行します

遺言書案と資料が整った後、**当事務所から公証役場に連絡し、公証人との調整を進めます。**ご本人が何度も公証役場へ足を運ぶ必要はありません。

証人2名の手配、作成日時・場所も当事務所で調整します。公正証書遺言には証人2名の立会いが必要ですが、推定相続人、受遺者及びその一定の親族は証人になれません。ご家族に頼みにくい場合、当事務所の弁護士・スタッフが証人を務めることも可能です。

ステップ6|公正証書遺言を作成します

作成当日、公証人が遺言者ご本人の意思と遺言内容を確認し、証人2名の立会いのもとで完成させます。

体力や健康上の理由で公証役場へ出向くことが難しい場合は、公証人が自宅、病院、介護施設などへ出張して作成する方法もあります。当事務所でも出張作成の調整に対応しています。

ステップ7|遺言執行まで見据えて保管します

公正証書遺言は原本が公証役場に保管されるため、紛失・隠匿・改変の危険がありません。相続開始後に家庭裁判所の検認を受ける必要もありません。

遺言執行者を指定しておけば、相続開始後、相続人への通知、財産目録の作成、預貯金の解約、不動産登記といった手続を進めることができます。作成後にご家族の状況や財産が大きく変わった場合には、内容の見直しもご相談ください。


付言事項に迷ったら、まず本文を確認してください

付言事項は、単なる遺言書の「あとがき」ではありません。財産配分の理由や感謝を伝え、相続人の納得を得るために役立つ一方、本文との矛盾や感情的な表現によって、遺言の解釈や家族関係に悪影響を及ぼすこともあります。

とくに、次の内容を付言事項に書こうとしている場合は、その一部を本文に移す必要がないかを必ず確認してください。

  • 配偶者を自宅に住み続けさせたい
  • 特定の人に生活費を渡し続けたい
  • 相続人以外の人に財産を残したい
  • ペットの世話を確実に引き受けてもらいたい
  • 相続人に一定の行為をしてもらいたい
  • 遺留分をめぐる争いを防ぎたい

「この書き方で本当に想いが実現するのか」を確認できるのは、ご本人がお元気なうちだけです。当事務所では、法律上の効果を持つ本文と、ご家族への思いを伝える付言事項とを明確に区別しながら、公正証書遺言の文案を作成します。

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